大人の話

生意気な20代の若者

新宿のステーキハウスの朝

くまは若い頃はかなりの合理主義者でした。

住居も仕事最優先で考えて、新宿駅西口から徒歩3分の4階建てのビルの4階のワンフロアを借り切って、事務所兼自宅にしていました。

お風呂はないので、1日おきに旧国立競技場の隣の東京体育館のプールに行っていました。

朝は決まって、行きつけていたステーキハウスで、出来立てのローストビーフを目の前で切ってもらって、赤ワインと一緒に10時半から1時間と少しかけて食べていました。オーナー兼店長が店のグランドピアノでいろいろな曲(ショパンが多かった)を弾いてくれていました。

考えてみれば贅沢な時間を毎日過ごしていたものです。

ただ、間違っても今はやりのワーキングブレックファーストのような野暮なことはしませんでした。朝の食事の時間だけは誰とも会わず、一人だけで楽しむ時間だったのです。そこを出たら毎日が戦場みたいな忙しさでしたから。


ステーキハウスでの日々

その店はオーナーが20数年前に変わってしまって、ステーキ専門店ではなくなってしまいました。その後、別名称(忘れた)、別業態になってしまってしまったのです。

でもあそこのシェフとオーナーには本当に毎日世話になりました。

くまがワインを初めて教えてもらったのもあの朝の時間だったし、出来立てでまだ熱いローストビーフのおいしさや、食事の時の音楽の大切さもあそこで教えてもらったのです。

本当に感謝しています、今でも。

まだ20代前半でそんな生活をしていたのだから、考えてみれば「生意気なガキ」でしたね、大人の人たちから見たら。 でも、あの店オーナーとシェフはそんな「生意気なガキ」を毎日歓迎してくれたし、さりげなく教育してくれました。それが今でも活きています。本当にあの二人は恩人だと思います。

そこでは、ワイングラスの持ち方から教えてもらいました。

こうお持ちのほうがよりおいしくいただけます

オーナー

とか、言う感じで。
粋でかっこいい教え方ですよね。
教えてもらった時に、すごくうれしかったのを今でも憶えています。
ワイングラスの中で赤ワインを回したりして。
なんか「ワインがわかるくま」になった気がしたのです。

多分、二人とも今のくまよりは若いくらいだったと思うけど、くまにとってはいつまでも「くまより大人」の存在なのです。


リストとショパン

ある時、オーナーに

リストとショパンのどちらが好きですか?

オーナー

と聞かれました。わりと店に通い始めて最初の頃でした。その時くまは、

リストは演奏会では好きですが、リラックスして聞きたいのはショパンです。
だから、リストのレコード(時代だね)も一渡り持っていますけど、一人で家で聞くのはショパンが圧倒的に多いです。

森のくま

と、答えたら、その日からオーナーが毎朝、くまの食事中にピアノを弾いてくれるようになったのです。

あれは間違いなく、くまのために弾いてくれていました。

そもそも、そんな朝からステーキハウスに来る客自体少ない。くまだけ、というのもよくあることでした。

ローストビーフも席でおとなしくできるのを待っていないといけない。

シェフが来て、目の前でローストビーフをスライス。

オーナーがその後「本日のおすすめワイン」をセレクトしてくれる。

その後、ピアノを弾いてくれて、くまが食べ終わるとピアノ演奏も終わる。 そんな日々でした。

ちょうどバブルに向かってまっしぐらな、超高度成長期に毎朝、そういう時間をとっている20代前半の若いの。

多分他にいなかったと思いますよ(笑い

まぁ、おかげで、良いつまみとワインがすっかり好きになって、その後、趣味でオーナーバーテンダーになったりするのだけど、それはまた別の話の時に(笑い

本当に良い店だったな……


かっこいい大人

最近あまり見かけないけど……

そう考えると、若い頃のくまの周りには「かっこいい大人」が多かった気がします。 どこか1つか2つ「ああなりたい」と思わせてくれる大人がそれなりにいた。

そういう大人たちを見ながら、そして時には直接教えられながら、くまはそうした人たちに憧れを感じて、見よう見まねでまねをしたり、同じものを持ったりしていたけど、たいていは様にならなくて、悲しいのか、悔しいのかわからない気持ちになったのをよく憶えています。


大人になるということ

ある意味、「大人になる」ということは「自分なりのダンディズムと粋を身に着けること」だと思うのです。

ただ、年をとっても大人になれない。

昔の「かっこいい大人」って、たとえば、

  • ワイングラスの持ち方
  • 人への接し方
  • 音楽の選び方
  • 間の取り方
  • 店での振る舞い
  • 若者への教え方
  • そしてその場その場での所作

などに「その人なりの美意識と美学」があったと思います。

しかし、それを若者に見せはするけど、決して押し付けない。

だから、さっき話した、ワイングラスの持ち方も

こうしなさい

ではなくて

こうお持ちのほうがよりおいしくいただけます

になるのです。

ここに「粋」があるのです。


つまらない大人には……

10代の頃から、いつも

「つまらない大人」

にはなりたくないと思っていました。
そしてそれは、今たぶん達成していると思います。

でも、若者が憧れる

「かっこいい大人」

にはまだまだです。

くまはもっと精進する必要がありそうです。